差出人は不明
花を買った。
柄にもないことをした、と自嘲する。
大き目の紙袋に花が隠れるようにカバーをしてバレないように持って帰ってきた。
いい年をした男が、同じくらいの年の男、それも上司に、花束をプレゼントするなど可笑しすぎて笑えてくる。
自分でも、なぜ花を買おうなどと思ったのか分からない。
紙袋の中の花束を見つめて溜息をつく。このまま、ここに捨てていってしまってもいいのに、捨てられない。
いろんな人にじろじろと見られながら自宅へと戻ってきた私はデスクの上に紙袋を置いた。
中に入っている花束が少し心配になって覗き込む。
花はその鮮度を落とすことなくキレイに咲いている。少しほっとした。
しかし、これをどうやってあの人に渡したら良いのだろうかと、悩む。
私からあなたへ、なんてことは絶対に言えない。
けれど、このまま自宅に飾っておく、何て真似も格好悪くてできはしない。
だがしかし、この花束を相手に気付かれずに渡すなんて果たしてできるのだろうか…?
一人、悶々と悩む。
途中、息抜きと思いインターネットに接続した。
いろんな人間のサイトでに、いろんな人が遊びに来る。
ああ、そうだ。
私はこの掲示板から1つの手を思いついた。
"匿名希望"という、手を。
" ピンポーン "
『…はい。どなたですか?』
「新城です」
私は官舎の、室井さんの部屋を訪れた。
しばらくしてドアが開かれる。
「…どうかしたのか?」
あきらかに不審な目線を私に向けてくる。
それはそうだろう。突然訪問した相手の手に花束があるのだから。
「…室井さんにだそうです…届いてましたよ。本庁に」
「…私に…?」
私が差し出した花束をとりあえず受け取って、疑問の目でその花束をマジマジと見つめている。
もし今、「私からです」と言ったら、あなたはどんな表情(かお)をしますか?
そんなこと、聞けるわけがない。
「…誰からかは、分かりませんけど」
「…そう、か」
送り主の分からない花束を見つめたまま動かない。
受け取るのか、受け取らないのか、ハッキリしてください。
こちらの、生きた心地がしませんから。
「…どうするんです?それ」
しびれを切らして私が問いかけた。
「…有り難く、受け取らせていただく」
意外な返答に一瞬あっけに取られてしまったが、すぐに平常心を取り戻して「じゃあ私はこれで」と室井さんの部屋をあとにした。
「わざわざすまない」とあの人は言ったけれど、そういう時は「ありがとう」と言うもんなんじゃないのか、と思う。
…私にそんなことを言える資格は、ないけどな。
花束が無事室井さんに受け入られ、心底安心した。
今日一日の全神経を吸い取られて、自宅に着いてすぐベッドへと倒れこんでしまった。
本当に、よかった。
少しでも、あの人を癒してくれるといいんだが。
差出人不明の花束は
今、あなたの元に。
end
このお題タイトルをつけようと思ったきっかけのネタでした。
間違って読んでしまった方、ごめんなさい。お目汚し失礼致しました。
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