「サヤー」


最近私は


自分の名前が嫌いです。




君の声 私の名前




教室で友達と話していた私の名前を呼んだのはあの男。
最近「なんかカッコイイよねー」と周りの女の子達から噂されてる注目株。
そんな人が私の名前を呼んだ。
当然、クラスの女子の注目は私とあの男に集まるわけで。
いい加減、私のことを名前で呼ぶのはやめて欲しい。

前はこうじゃなかった。
私たち2人は幼馴染なわけだけど
こんな風に、名前を呼ばれることに対して痛い視線を浴びるようになったのは高校に入ってからだと思う。
中学のときもそこそこあったように思うけど、その時はそんなに気にしてなかった。
あの男は高校に入る前あたりから急に背が伸び始めて、なんかカッコいいように見られるようになって、周りの女の子が少しずつ騒ぎ出して。

だから"幼馴染"ってだけで私は周りの女の子から視線を浴びることになるってるんだ。


「サヤー」

私が友達と話して気付かないフリをしていてなかなか呼ばれてもこないからもう一度名前を呼ばれた。

だからね。名前を呼ばないでって、2ヶ月くらい前から何度も言ってるじゃない。

しぶしぶ席を立って名前を呼んだあの男の元へ行く。
その間もずっと視線は浴びっぱなしなのに、この男は気付かないんだろうか?

「…なに?」

少しぶすっとして。

「辞書貸して。英和」

この男はこういった、わりとくだらない事で私のことを呼ぶ。

「私じゃなくても誰か別の人に借りればいいでしょ」
「誰ももってねーんだもん。サヤなら持ってんでしょ?」

これで3度目。
呼ばれるたびに視線がキツくなんの分かってないんだろうなーこいつ。

…腹立つわ。

でも課さないなら課さないでずーっと文句言い続けるから、それを避けるために私は辞書を貸した。
そしてこの教室を去っていく。

「ありがと、サヤ」

と私の名前をもう一度呼んで。


用が済んで席に着いてみればまだ視線は突き刺さったまま。
巻き込まれる友達のみにもなりなさいよ、バカ男。

「本当に仲良いよねー柏木と高塚」

柏木というのはあの男の名前で高塚というのは私の名前なんだけど。
そして今話したこの子は、川田美紀という名前の女の子。
ちょっと不良入ってる。

「…私は別に仲が良いつもりはないんだけど」

小声で言う。こんなこと回りに聞かれたらまた視線を浴びることになるから。

「幼馴染で小学校から今までずっと同じ学校なんでしょ?家も近所で」

それは回りも知ってることだからいいけど、改めて言われると少し、穴に入りたい気分になる。
別に悪いことしてるわけじゃないのに。

「…いっそ引っ越して欲しいよ」
「…そこまで言うか」

その話は先生がきたからそこで終わりになったけど、私は結構、本気でそう思ってる。
高1のときはクラスが一緒で一年中視線を浴びていたけど、高2になった今はクラスが離れたおかげで浴びる回数は少なくなった方だ。方というのは、さっきみたいにアイツが辞書だったりなんかを仮に来たりとかするからなんだけど。

どうしてアイツは、私から離れて行ってくれないのだろう。
名前だってそうだ。前はなんとも思わなかった呼ばれ方なのに今は呼ばれたくなくてしょうがない。
「呼ばないで」と何度も何度も言ったのに、「何でそんな言われなきゃなんないわけ?」とか軽く睨まれて強制できない。

やめて欲しい、と切に思う。



「じゃあお先」

美紀に別れを告げて私は教室を出る。
しばらくとどまってるとあいつが私を迎えに来るからだ。
何でかしらないけど、今までずっと「今帰るんだったら一緒に帰った方がよくね?」とか言って訳が分からぬまま登下校を一緒にしている。それも視線を浴びる一つの要因だと気付いた私は最近はもうダッシュで学校から離れるようにしている。掃除はきちんとやってますけど。

案の定、私が帰った5分後くらいにヤツは私のことを見に来たらしい。
これは美紀から聞いた話だけど。



「何で高塚のこと"サヤ"って呼ぶの?」

サヤがいなくなったあとに柏木と会った美紀が「話したいんだけど」と言って柏木と一緒に帰ることになった、その帰り道。
ふと、いつもサヤが嫌がってたことを柏木にストレートに聞いてみた。

「呼んじゃいけないわけ?」

柏木が聞き返す。

「高塚嫌がってんでしょ?何度か"呼ばないで"って言ってるみたいだし。でもアンタはやめてないでしょ?」
「やめる理由、ねーもん」

平然と柏木が答える。

「何で?」

嫌がってるのを分かってる上でどうして呼ぶのだろう、と美紀は思う。
けれど返ってきた答えを聞いてなんとなく理由が分かってしまった気がした。

「俺だけしか"サヤ"って呼んでねーから」




そして今日も私はあの声で名前を呼ばれる。

「サヤー」

やめて欲しい。本当に。
その声にどれだけの女の子が反応すると思ってるの?

うだーっとして帰ってきて私に美紀が聞いた。

「実際柏木が"サヤ"って呼ばずに"高塚"って呼んだらどんな感じ?」

意味が分からない。けれどそんなの嬉しいに決まってる。
まだ名字の方が関係が軽そうで。


『高塚ー』


…微妙にしっくりこないけど、けどそれが本当に形なんだと思う。

「…本当は呼ばれたんじゃないの?」

美紀が妙なことを言う。

「"嫌よ嫌よも好きのうち"っしょ?」

…古くないですか、その言葉。

「それは私にはないよ」

絶対、そんなの存在しない。

…確かにちょっと寂しい気はするけど。

「騒がれるのが嫌だから名前で呼ばれたくないわけでしょ?じゃあ別に騒がれなくなったら名前でもいいんだ?」
「…ずっとそれば呼ばれてるからね。特に抵抗ないけど」
「…高塚は柏木のことなんで呼んでんの?」

そういえば、もうずっと呼んでない気がする。
名前も名字すらも。

なんて呼んでた?私。



「……広幸」



少し、心臓が跳ねたのは気のせいだろうか。


「じゃあ、それが"柏木"になったとするわな?んで向こうが"高塚"って呼んで、今みたいに頻繁にこの教室に来ることもなくなる。…それが高塚の理想としてるとこなんでしょ?」

そう、今みたいに頻繁に顔が見れることがなくなって、名前もそんな呼ばれなくなって、だんだん疎遠になって行って。


それが私が望んでる形のはずなのに、ものすごく寂しく感じるのは、今まで一緒にいすぎたせいだよね?




一緒にいることが当たり前だと思ってたからだよね?





「…当たり前だと思ってたんだ。あんなに嫌がってんのに」







口に出して言ったら妙に墓穴を掘った感じがする。




前はこんなんじゃなかったのに。


穴があったら入りたい。


確かに嫌だ。あの声で名前を呼ばれるのも、顔を見るのも。
でも騒がれるようなことがなければこんなこと思わなかった。
むしろ、それが当たり前だったし、自然な形だと思ってたし、

少し、望んでたのかもしれない。

嫌だな。こんなの、こんな思い、まるで私が、

あの男のことが好きみたいだよ。



少し顔色が変化して黙り込んだ私を見て、なぜか満足そうに、そして意味ありげに美紀が笑った。


広幸の声で"サヤ"と呼ばれることに対しては


心地がいいと、思ってしまっているなんて


本人には口が裂けてもいえないよね。





end




本当はこの話が浮かんだから思いついたお題でした。
最後かなり無理矢理ですけどこういう女の子は可愛いと思う。

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